子どもたちとの出会いから〜発達の勉強をはじめました〜

◯時代の変化を感じて
夏も終わりに近づいてきましたね。今年は、例年よりは比較的過ごしやすく、大変助かりました。
さて、今日は、最近こんな勉強をしていますという話です。
どうして、勉強を始めたかといいますと、とても時代の変化を感じたのでというのが、一番の理由です。
昔から、生徒さんの中には、すぐにコツをつかむ子もいれば、同じことでも時間をかけて少しずつみにつけていく子もいます。はじめはなかなかうまくいかなかった生徒さんが、成長とともにぐんと力を伸ばす姿も、これまで何度も見てきました。
なので、ヴァイオリンが上手になることを早い段階であきらめる必要はないと私は思っていますし、時間をかけて身につけた子ほど、長く楽しみながら続けていることもあります。
こういう時間をかけて頑張れる子どもたちに、とことん向き合ってきたからこそ、自分の指導力、生徒を見る力もバージョンアップしてきたと思うので、こういう「時間のかかる生徒」さんたちに、自分は育ててもらったと思っています。
そうは言っても、10年前、20年前と比べて、レッスンで見せる子どもたちの反応に、少しずつ変化があると感じるようになりました。姿勢を保ちにくい、力加減が難しい、楽譜を見ながら演奏することに難しさを感じるなどです。
そして、時代性としても、10年後の成長をまつだけでなく、今、眼の前にある困りごとに向き合い、少しでも早く手立てを考えることが求められていると思います。困ってるのは、何よりご本人なわけです。
「練習が足りない」「もう少し頑張ればできる」という見方だけじゃなく、身体や感覚の発達と言う視点から、一人ひとりの「やりにくさ」を理解したい。そして、その子に合った、言葉のかけ方やレッスンの進め方を考えたい。そう思ったことが、発達について学び始めたきっかけです。
もう一つ、私が難しさを感じていたのが、言葉によるコミュニケーションです。
真剣に話を聞いているように見えても、説明の意味を捉えることが難しかったり、わからないまま返事をしてしまったりするお子さんもいます。また、注意を受けたときに、ずっと沈んでいたり、怒っていたりして、気持ちを切り替えるまでに時間がかかることもあります。
私は最初、生活環境に理由があるのではないかと考えていました。コロナでの環境の変化とか、ゲームとか、スマホとか、私たち大人が小さいころには、なかったものが、今はたくさん溢れています。しかし、発達について学び始めると、身体や感覚、言葉の受け取り方など、さまざまな要因が関係している可能性があるということが分かってきました。
これまでの指導方法だけでは十分に届かないこともある。では、私に何ができるのだろう。まず私が発達に対する理解を深め、伝え方や関わり方を学びたいと思ったことが、発達の勉強を始めたきっかけです。
◯発達の仕方は人それぞれ
かくいう私もかなり不器用でして、ハサミを持って、布をまっすぐに裁断するとか、鉛筆でまっすぐの線を引くとか、そういうことがかなりできません。高校の家庭科の被服の時間では、3回布を買い直しました。笑)
こんな自分のことを、単に手先が不器用というだけではなく、目で捉えた情報に合わせて手を動かす力や、指先の力加減、左右の手を協調させるなどが関係しているんだろうな。と発達の視点から、自分のことを客観的に見られるようになりました。
夫も釜野先生にヴィオラを習っているのですが、楽譜を読んでいる途中で、一度目を離すと、それまで見ていた場所へ戻ることが難しいそうです。こうしたことにも、視線を移す力、楽譜上の位置を捉える力、読んでいたら場所を一時的に記憶しておく力など、複数の働きが関係している可能性があるんだろうなと予想できます。
ピアノの先生方の間では、すでにこういう研究、教え方の研究をしていらっしゃる先生がいらして、私はその先生の講座を受講しています。山下直子先生とおっしゃって、武蔵野音大を出て、先生向けの講座や、ご自身も音楽教室を主宰されています。
インスタグラムには、一見遊んでるような動画がたくさん並んでいますが、これ全部、「感覚と運動を中心とした、脳と身体の発達の視点」からの、活動です。どんな目的で、どんな活動をすればいいのか。というところを、私自身がアレンジするところまで、まだまだ全然至ってないのですが、少しずつ勉強させていただいています。あと、何年もかかると思います。
具体的な受講内容はここでは控えさせていただくのですが、一般的な知識は書いてもいいと思うので、勉強したことを少しだけ。
「感覚」というと、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五感を思い浮かべますが、それ以外にも、私たちの身体をの動きを支えている大切な感覚があります。
そのひとつが、身体の働きや揺れ、スピードを感じる「前庭覚」です。もうひとつが、筋肉や関節を通して、身体の位置や力加減を感じる「固有受容覚」です。
ヴァイオリンを弾くときにも、姿勢を保つ、楽器を構える、弓の力加減を調整するといった動作に、前庭覚や固有受容覚を始めとする複数の感覚が関係しています。
例えば、身体の傾きやバランスを感じながら姿勢を保つことには、前庭覚が関わります。また、楽器をどのくらいの高さで構えているのか、右腕や左腕がどの位置にあるのか、弓や弦にどの程度の力を加えているのかを感じるときには、固有受容覚が使われます。
さらに、指板や弓に触れた感触を受け取る触覚、楽譜や弓の位置を観る視覚、自分の音を聴く聴覚も必要です。私たちはこれらの感覚から受け取った情報を組み合わせ、身体の動きを細かく調整しながら演奏しています。
こうして考えてみると、「うまくできない」というひとつの困りごとの背景にも、どこに難しさがあるのかを、丁寧に考えることが大切なのだと思うようになりました。
感覚は、身体の動きだけでなく、コミュニケーションにも関係しています。
姿勢を保つことや、自分の身体の状態を把握することに多くの力を使っていれば、説明を理解したり、気持ちを言葉にしたりするかことが難しくなる可能性もあります。
一見すると「話をきいていない」「返事をしない」「やる気がない」ように見える行動にも、感覚から受け取った情報を整理することの難しさが関係しているのかもしれません。
もちろん、すべての行動を感覚だけで説明することはできませんが、そうした可能性を知ることで、子どもを見る視点が一つ増えました。
◯遊びの中にも 発達の土台がある
若い頃に、まだそれほど生徒がいなかった頃、家庭に出向いてレッスンをする「出張レッスン」をやっていた時期があります。有閑マダムのレッスンにも出向いていて、お茶の時間にはよく子育ての思い出話を聞かせてもらいました。
小学校受験を経験されたお話もきいたことがあり、その頃に、よく公園でお会いするお母様がいらして、いっつもタオルを首に巻いて、暑いときも寒いときも、子どもと本気で泥だらけで遊んでいらしたとか。普通は、子どもが公園で遊んでるのを、あぶなくないかだけ、そっと見守るくらいのお母さんが多い中、そのお母様はちょっと目立っていらしたとか。
そのお母さんのお子さんは小学校受験を経験し、受験した学校全てに合格したそうです。当時の私は「泥遊びと受験に、何か関係があるのだろうか」「そういう遊びのテストもあるのかな?」くらいに思っていたのですが、なぜかずっと心にひっかかっていました。
発達について学び始めた今、泥遊びの中にも、触覚をはじめ、身体の位置や力加減を感じる固有受容感覚、姿勢やバランスに関わる前庭覚など、さまざまな感覚を使う機会が含まれていたのだと気づきました。
また、自分で遊び方を考え、夢中になって身体を動かし、納得するまで遊び切ることは、感覚や運動だけでなく、興味や意欲、集中する経験にもつながったのかもしれません。
もちろん、泥遊びをしたことが受験の結果に直接つながったなんて、単純な話ではないと思いますが、一見すると勉強とは関係がないように見える遊びのなかにも、発達につながる大切な経験がたくさん含まれているんだなと、やっと何十年もの疑問がとけた気がします。
たくさん外で遊んで、沢山の経験をしてきた子は、ヴァイオリンでの取り組み方にも、昔の子どもたちと似たところを感じます。この夏休み、「あれ?上手になった?」って子もたくさんいて、それは、もしかしたら外でいっぱい遊べたのかもしれません。
今の子どもたちは、生活環境も遊び方も昔とはずいぶん変わっているのですから、同じレッスンではうまくいくはずはありませんよね。新米先生にに戻った気持ちで、一からもう一度勉強していきたいと思います。まだまだ勉強は始まったばかりです。
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